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2024/05/02 05:00室蘭商工会議所「1世紀総括」

「室蘭商工会議所100周年 経済・商業発展の1世紀総括」第3部飛躍期 ④疎開からの復興

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戦後市内各地に誕生したマーケット

私設市場、次々誕生、「大町連盟」が商店街再建
 戦後の引揚者受け入れで住宅事情が極度に不足していたように、商店街の店舗も同様に著しく不足している状況だった。

 商工業者を対象とした戦時の第1次疎開では、市内移転業者は64人、市外転出は7人、転廃業者は16人。第2次では市内75人、市外6人、転廃業72人。敗戦の機運が高まってからも建物の取り壊しが行われていたほか、転廃業の中には戦時動員に駆り出された例もあることから、戦後の店舗不足は戦時が生んだ負の遺産といえる。

 窮余の策として、疎開跡地に共同出資する私設市場(闇市)が次々と誕生した。室蘭商工会議所の調査によると、終戦直後、市内には市場やマーケットが6カ所設けられた。インフレと物不足という戦後の混迷がもたらした結果だった。

 敗戦直後の慌ただしさに加えて、当時の市場は闇市が席巻していたこともあり、商工業者の間でも落胆の色が濃くなっていた。ただ、戦時統制と敗戦ショックに疲れていた年配者に代わり、2、3代目が経営の最前線に立つと、横の連携強化による商業発展を目指す情熱が、まち場経済の最前線に仁王立ちした。

 室蘭青年商工連盟、大町商店復興連盟に加えて、鉄工2次製品を扱う事業者による十日会という組織も誕生した。若手経営者らによる組織立ち上げは、経済発展の力強い支柱となり、商店街復興の原動力にもなった。

 大町連盟は市と交渉して疎開空き地を借り受けて商店街を再建。触発されて海岸町にも復興後援会が発足。荒れ放題になっていた鉄道近くにも商店街がつくられることになり、焼け野原からの復興が徐々に進められることとなった。

 54店からなる大町連盟は2階建て住宅付き店舗を11戸建設した。市民公募で選ばれた愛称は「大町仲店」に決まった。記念の売り出しとして、全加盟店で全商品値引き販売を実施。インフレに対応した物価引き下げ運動は、高価な商品は買わないという消費者マインドに応えたもの。

 掲げた商業道徳の姿勢は市や消費者などが新聞紙面で歓迎談話を発表するなど好意的に受け止められた。他の商店街にも刺激を与えるなど大きな反響を呼んだ。地元商業者の活性化が、室蘭商工会議所の誕生を促した要因ともいえる。

 商店街の活動は以後、本格的となり、1951年の正月には「新春幸運列車」を仕立てた。近郊の客を中央地区に呼び込む企画で、苫小牧や登別、豊浦の各駅から列車が出発。抽選会などで楽しませた。

 翌年には蘭西商店連合会の名称で年末売り出しを始めた。小公園に設けた特設会場は、季節の風物詩として市民に親しまれた。56年時点で、市内には18の商店会、連盟が発足。蘭東地区では、高度成長期を迎えると同時に、スーパーや生協、飲食店、宿泊施設などが、特に中島地区を中心に相次ぎ誕生。蘭西中心から市内全域へと商業環境が変化していった。

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年末大売り出しを案内する1952年12月3日付の室蘭民報紙面

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